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ZUNTATA

BANGUMI PERSON

ZUNTATA

艺术家 · 组合

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ZUNTATA(ズンタタ)は、タイトーのサウンド開発部門の総称。

名称は広報担当者が発案した「ZUNTATTA」から「T」を1文字取ったもの。

変遷
タイトーのサウンド開発部門が1983年に発足し、『ダライアス―TAITO GAME MUSIC VOL.2』(アルファレコード・GMOレーベル、1987年)で初めてこの名称が使われた。

1988年、サイトロンレーベル(サイトロン・アンド・アートとポニーキャニオンの共同による)に移籍。6月に同レーベル最初の作品でもある『ニンジャウォーリアーズ -G.S.M.TAITO 1-』を、引き続きZUNTATA名義でリリースする。

ゲーム業界で加熱したサウンド開発部門(サウンドチーム)によるライブ活動の際には、1990年にホーンセクションも加えた大所帯バンドを結成し、ゲームミュージックフェスティバルにて演奏を披露した。バンド活動を行ったのは、当時セガのS.S.T.BANDがアルバムをリリースしていたポニーキャニオンから「ZUNTATAもライブをやりませんか?」と誘われたのがきっかけだという。ライブでは演劇仕立ての演出を行なう等、先進的な創作表現を行なっている。

後にHAGGYやばび〜らによるZUNTATA-J.A.M.(Junky As Machine)なるユニットも組まれ、電車でGO!シリーズのイメージソング等を歌った。

1992年にタイトーが開発した、世界初の通信カラオケ機器「X2000」(およびその家庭用向け機器である「X-55」)では、カラオケ用のメドレー曲の作曲も行っていた(タイトーのカラオケ事業は現在はエクシングに事業譲渡された)。

1996年10月、サイトロンレーベルを離脱し、タイトーの社内レーベル「ZUNTATA RECORDS」を設立。以降は原盤権を所有するようになり、アルバムはCDの生産終了後もiTunes Store等で配信を継続している(2006年からはitunes Store専売アルバムも配信開始)。

他社作品への楽曲提供も行っており、1997年の『ガメラ2000』(デジタルフロンティア)を皮切りに、『ダークラビリンス』(エイチーム)などへの楽曲・効果音の提供が行われている。

1999年には第二の自社レーベル「TAITORUS RECORDS(たいとらす れこーど)」を発足。ゲーム関連以外の音楽を手がけ、アーティスト「PAOZ」(河本圭代によるユニット)が所属していた。

2005年、タイトーがスクウェア・エニックス・ホールディングスの子会社となった後、全盛期スタッフの退社が相次ぎ規模は縮小しているが、従来のサウンド開発業務は遜色無く行われている。ゲームサウンド開発の他に、着信メロディ制作やモバイルサイト、イベントの企画など音に関連した多彩な業務を行っている。

ライブ活動はバンド形態を変えつつ継続しており、2011年3月には東京・渋谷においてダライアスバースト アナザークロニクル開発者トークショーと併わせ、12年ぶりにZUNTATA単独でライブを行った。

2019年、長年の活動における功績を讃え、「ZUNTATA」としてタイトー社長賞を受賞。

WORKS

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